










歴史
「鹿児島」という名の由来は、野生のシカ/鹿の子(鹿児)が多く生息していたからとか、多くの水夫(かこ)が住んでいたから、火山を意味するカグという言葉から由来した等諸説ある。さらに、神話から来たという説もあり現在でもどれが正しいか確定していない。しかし、「カゴ」は崖という意味の古語であり、桜島の四方が崖になっていたので島名を鹿児島(麑嶋)と称する様になり、それが対岸の神社名(鹿児島神宮)として定着し、更には郡名に拡大したという説が有力である。
都市としての始まりは、島津家第6代当主島津氏久が東福寺城(鹿児島市清水町 (鹿児島市)/清水町)を居城にしたとき(1340年頃)とみられる。1549年(天文 (元号)/天文18年)、フランシスコ・ザビエルが現在の市域に当たる場所(祇園之洲町)に上陸し、日本初のキリスト教伝来の地となる。
19世紀の中頃にはヨーロッパの機械文明を取り入れた研究が進み、第28代当主島津斉彬のもと集成館(現・尚古集成館)事業として反射炉や高炉/溶鉱炉が造られ、日本における近代工業化の発祥の地となり、近代日本の黎明期、明治維新において政治家、官僚、軍人等数多くの人物を輩出し、近代日本建設の礎となる。
中心市街地は、薩英戦争による砲撃、西南戦争による戦火、第二次世界大戦の空襲と三度も壊滅的打撃を蒙ったため、城下町としての面影は殆ど残っていない。
発祥
* 1549年(天文 (元号)/天文18年) キリスト教日本初伝来の地(フランシスコ・ザビエルの上陸により)。
* 1853年(嘉永6年) 日本の国旗/日の丸発祥の地(第28代当主島津斉彬の幕府への提案により)。
* 1854年(安政元年) 国産第1号軍艦昇平丸竣工。
* 1857年(安政4年) 島津家の磯別邸(現・仙巌園)にて日本初のガス灯が灯る。
* 1865年(慶応元年) 日本初の活版印刷による英和辞書を著す。
近現代
* 1871年(明治4年)8月29日 廃藩置県により鹿児島府下山下町(現在の鹿児島市山下町 (鹿児島市)/山下町)に県庁が設置される。
* 1889年(明治22年)4月1日 市制が施行されたのに伴い、旧鹿児島城下46町及び旧近在の内1町3村の区域を以て'''鹿児島市'''が成立[『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 p.678 角川書店]。
* 1901年(明治34年)6月10日 市内初の鉄道路線となる鹿児島本線(現・日豊本線)国分-鹿児島間が開業。
* 1913年(大正2年)10月11日 川内線(現・鹿児島本線)が開業。
* 1914年(大正3年)1月12日 桜島が大噴火し、同時にマグニチュード7級の桜島地震が発生[[http://www.jishin.go.jp/main/pamphlet/eq_mech/eq_mecha2.pdf 2.日本で起こる地震]p.17 - 地震調査研究推進本部 2012年1月20日閲覧。]。死者58名。これにより桜島は大隅半島と地続きになった(大正大噴火)。
* 1916年(大正5年)10月14日 鹿児島電気軌道により日本で四番目である鴨池動物園(現・鹿児島市平川動物公園/平川動物公園)が現在のダイエー鹿児島店敷地に開園[[http://hirakawazoo.jp/shisetsu/gaiyoupage04 概要平川動物公園のあらまし] - 鹿児島市平川動物公園 2012年1月22日閲覧。]。
* 1928年(昭和3年)7月1日 市内の路面電車路線を市営に移管し、鹿児島市電気局(現・鹿児島市交通局)が発足。
* 1934年(昭和10年)11月3日 全国で七番目、九州で最初に青果・水産を併せ持った鹿児島中央卸売市場が住吉町に完成。
* 1945年(昭和20年)6月17日 鹿児島大空襲。死者約2,300名[[http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kyushu_11.html 鹿児島市における戦災の状況(鹿児島県):一般戦災ホームページ] - 総務省 2012年1月20日閲覧。]。
* 1955年(昭和30年)山之口町 (鹿児島市)/山之口町などで公共下水道の供用開始。終末処理場を持つ公共下水道としては大阪市以西では最初で、同時に全国でも戦後最も早く工事に着手・完工し、戦中・戦後を含めて全国で7番目の公共下水道となる。
* 1967年(昭和42年)4月29日 南側に隣接する谷山市と新設合併し新制の鹿児島市となる。
* 1980年(昭和55年)7月10日 人口50万人を突破[『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』p.679 角川書店]。
* 1984年(昭和59年) 日本で初めて鹿児島市平川動物公園/平川動物公園にてコアラの飼育が開始された(他に多摩動物公園・東山動植物園/東山動物園がある)。
* 1989年(平成元年) '''市政施行100周年'''。
* 1993年(平成5年)6月12日より長期的な異常多雨。8月6日、甲突川が氾濫。死者・行方不明者81名。平成5年8月豪雨/平成5年鹿児島大水害(いわゆる'''8.6水害''')と呼ばれる。甲突川に架かる甲突川五石橋/五石橋のうち、新上橋と武之橋が流出する。この年、鹿児島市では年降水量4,022mmを記録。
* 1996年(平成8年)4月1日 '''第一期の中核市'''に指定される。
* 1996年(平成8年)11月それまで山下町 (鹿児島市)/山下町にあった鹿児島県庁が鴨池新町に移転。
* 2003年(平成15年)1月24日 鹿児島郡吉田町 (鹿児島県)/吉田町、桜島町、日置郡松元町、郡山町 (鹿児島県)/郡山町、揖宿郡喜入町とともに鹿児島地区合併協議会を設置。
* 2004年(平成16年)11月1日 上記合併協議会の各町を編入。人口60万人を突破。
沿革
=行政区域の変遷
=
ファイル:Kagoshima city map 1889.svg/thumb/1889年の市制町村制施行時の現在の鹿児島市域にあたる自治体の地図。
* 1889年4月1日 市制町村制施行に伴い、鹿児島市発足。
** 同時に、現在の市域に相当する以下の各村が発足。カッコ内は郡制施行に伴う郡統廃合後の所属郡。
*** 鹿児島郡:吉野村_(鹿児島県)/吉野村・中郡宇村・西武田村・伊敷村・吉田町_(鹿児島県)/吉田村
*** 北大隅郡(鹿児島郡):桜島町/西桜島村・東桜島村
*** 谿山郡(鹿児島郡):谷山市/谷山村
*** 日置郡:松元町/上伊集院村・下伊集院村・郡山町 (鹿児島県)/郡山村
*** 給黎郡(揖宿郡):喜入村
*1897年4月1日【郡区画改正】郡の統廃合が行われる。
*1911年9月30日 【編入】伊敷村大字下伊敷字草牟田(草牟田)および西武田村大字武の一部(武、天保山)⇒鹿児島市[『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 p.93 角川書店]
* 1920年10月1日 【編入】伊敷村大字下伊敷字紙屋谷(玉里)および伊敷村大字永吉(永吉、原良)⇒鹿児島市
* 1924年9月1日 【町制施行】谷山村⇒谷山町
* 1934年8月1日 【編入】吉野村 (鹿児島県)/吉野村・中郡宇村・西武田村⇒鹿児島市
* 1950年10月1日 【編入】伊敷村・東桜島村⇒鹿児島市
* 1956年9月30日 【分割編入・町制施行】郡山村・下伊集院村大字有屋田および大字嶽⇒郡山町 (鹿児島県)/郡山町(下伊集院村の残りの区域は伊集院町・東市来町および日吉町 (鹿児島県)/日吉町に編入)
* 1956年10月15日 【町制施行】喜入村⇒喜入町
* 1958年10月1日 【市制施行】谷山町⇒谷山市
* 1960年4月1日 【町制施行・改称】上伊集院村⇒松元町
* 1967年4月29日 【新設合併】鹿児島市・谷山市⇒鹿児島市
* 1972年11月1日 【町制施行】吉田村⇒吉田町 (鹿児島県)/吉田町
* 1973年5月1日 【町制施行・改称】西桜島村⇒桜島町
* 2004年11月1日 【編入】吉田町・桜島町・松元町・郡山町・喜入町⇒鹿児島市
=市域面積及び人口の変遷
=
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!年月日//区分//面積(km²)//人口(人)//町数
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/明治22年4月1日//市制施行//14.03//57,822//47町3大字
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/明治44年9月30日//第一次編入//15.91//73,085//53町
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/大正9年10月1日//第二次編入//16.73//103,180//56町
/-
/昭和9年8月1日//第三次編入//78.25//176,900//68町
/-
/昭和25年10月1日//第四次編入//181.54//229,462//81町
/-
/昭和42年4月29日//新設合併//279.15//385,866//91町
/-
/昭和45年10月1日//第一次埋立//280.72//403,340//101町
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/昭和50年10月1日//第二次埋立//284.04//456,827//130町
/-
/昭和55年10月1日//第三次埋立//288.29//503,360//185町
/-
/昭和60年10月1日//第四次埋立//289.07//530,502//195町
/-
/平成2年10月1日//第五次埋立//289.44//536,752//229町
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/平成7年10月1日//第六次埋立//289.60//546,282//248町
/-
/平成12年10月1日//第七次埋立//289.79//552,098//263町
/-
/平成16年11月1日//第五次編入//546.80//605,308//322町
/}